どういう気持ちで時計を見るか

皆さん、時計を見る時はどういう気持ちで見ていますか?

おそらく、場面によってだいぶ気持ちが違うと思います。

たとえば学校や塾での嫌いな教科の授業中。

「あ~、まだこんな時間かぁ~。あと30分もあるのか~。」

そんな気持ちで時計を見ているときもあるでしょう。

一方で、学校に行く前の忙しい朝の時間帯。

「ヤバい、あと5分しかない!急がないと!!」

そんな気持ちで時計を見ているときもあるでしょう。

個人的には後者の気持で時計を見る場面が多い方が、成長に繋がるような気がしています。「朝の追い立てられる気持ちで時計を見る」という例えは極端過ぎますが…

(余裕を持ってゆったり時間を過ごした方が成長に繋がる、という考え方もあるかもしれません。あくまで私個人的にはこう考える、と言う記事になります。)

私自身は今は「あと何分もあるのかぁ~、早く時間が過ぎてくれないかなぁ~」と思うことはほとんどありません。

仕事中はもちろんですが、休みの日もそうです。仕事中でも、プライベートの時間でも、やることがない時間を作らないようにしています。

こんなことを言うと「できる男っぽくカッコつけてるんじゃないよ!」なんてツッコまれるかもしれませんが、過去の自分をだいぶ反省したからなんですね。。

高校生までは運動部に所属していたので、それなりに忙しい生活ではありましたが、たとえば授業中なんかはずいぶんと時計を確認して「あと20分もあるのかよ~、早く終わらないかな~」なんて気持ちでノートに落書きをしたり、窓の外の雲の動きを眺めていたこともしょっちゅうあります・・・(;^_^A

今思えば、そんな時間があるなら教科書を先の先まで読んでいれば良かったな~なんて思うのです。何度も何度も読んでいれば良かったな、と。学校の先生が与える課題ではなく、自ら「次の授業では教科書20ページ分を2回読む」など課題を設定していればよかったな、と。

そうすれば、「あと20分もあるのかよ~」ではなく、「ヤバい、このペースじゃ残り3ページは読めないかもしれない!急がないと!!」と時間を有効に使えたような気がするのです。

学生の時は「教科書なんかつまらない…」と思っていましたが、今読むと教科書は非常に読みやすく書かれていますし、細部まで目を通すと面白い内容もたくさん載っているんですよね。そんな貴重な教科書が目の前にあるにも関わらず、落書きや空を眺めることに使ってしまった過去の自分を反省するのです。。

会社勤めをしてからも、今から考えればずいぶんと無駄な気持ちで時計を眺める時間を使ってしまいました。たとえばその日の仕事がたまたま早く片付き、終業まで残り30分ある。そんな時、自分は何をしていたか。

「あ~今日はもうやることがないから、残り30分はダラダラ過ごそう。あ~早く帰りたいなぁ~。あ~早く30分経たないかなぁ~」

そんなことを考えて、時間を浪費し続けていたんですね。

今だから思いますが、社会人になったら「やることがない」なんてことはまず有り得ないんです。仕事場には私一人ではない訳ですから、他の人の仕事を手伝うとか。普段できない勉強を30分でもやるとか。普段目の届いていない場所を掃除するとか。

やることなんか見つけようと思えば無限にある訳です。やることが無限にある訳ですから、時間に余裕がある訳がないのです。常に「時間は足りなくて当たり前」だと思うはずなのです。

そんな私が時間に対する考え方をなぜ変えられたのか。

それはある若い塾長さんと話をしたことがきっかけです。当時、その方は20代半ばで、私は30代半ばでした。私の方がちょうど10歳くらい年上でした。

でも、話す内容、経営している塾の規模、目指している姿は、まるで私には及ばないほど大きなものでした。

「どうしたらこの若さでこんな風になれるのだろうか…」

その方と話をしながら、ずっとそんな風に考えていたんですね。

すると、ある一つのことに気が付きました。その方はとても時計を気にされるのです。そして、話の合間に

「あと〇分ですね。次の△△に話を移してもいいでしょうか。」と、自分がその日話したいこと、決めたいこと、を強烈に意識している様子だったんです。私などはのんびり自分のペースで話の流れに任せて…なんて考えていたのですが、その人はまるで違ったんです。

その場面で使える時間、目一杯のことをやろうとする意識が私にも伝わって来たんですね。

「あぁ、この若さでこんな風に日々の時間を過ごしているんだなァ…。それは私とは比べ物にならないくらい大きなことができる訳だ…。私はこの人と同じ年代の時まで、いや、今の30代半ばまでだいぶ無駄な時間を過ごして来てしまったのではないだろうか…」

そんな風に強烈に反省したんです。

その時から、時計を見るときの意識を変えようと思いました。

時計を見ている時に

「あ~、あと〇分もあるのかよ…。早く時間経たないかなぁ…」と自分が思ってると気づいた瞬間に、「なんでも良いからやることを見つけないと!!」と、無理にでもやることを見つけるようにしたんです。

仕事場ではわりと簡単でした。授業の予習にしろ、掃除にしろ、ブログにしろ、自分の意識さえ少し変えれば、やることはすぐそばに無限に落ちていますから。

問題はプライベートの時間です。最初は何かを無理にやろうとしても、何も見つからないんですね。ゴミ捨てや食器洗いみたいに分かりやすいものは気づきますが、そういうことは妻がすでにやってくれていたりするんです。

そうすると結局、「子どもの迎えまであと30分もあるのかぁ~、やることないなぁ~、早く時間経たないかな~」となってしまうんですね。

でも、本当に気をつけて身の回りを見てみると、

自分が食器洗いをたまにやるときに洗剤が切れていることがないのはなぜだろう?

トイレの芳香剤がいつも切れていないのはなぜだろう?

玄関がいつもキレイなのはなぜだろう?

子どもたちがいつも忘れ物なく学校に行けているのはなぜだろう?

ぜんぶ、私の知らない間に妻がやってくれていただけなんですね。やっぱりプライベートでも「やることがない」なんて時間はあり得ないんだと気づいたんです。

最初は無理にやることを見つけようとしていましたが、面白いことにだんだん慣れるもので「やることを見つけることが当たり前」になってくるんです。

そうすると、いつの間にか時計を見る時はいつも「あと〇分しかない!アレとコレもできるだろうか…」と自分を追い立てられるような気がするんです。

「そんなにアレコレ急いでばかりじゃ、精神的に大変じゃない?」

このような記事を書いてしまうとそう思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

なぜなら、私はそれまでだいぶボケーっとした時間があったのか、時間に焦るくらいの生活をした方がどうやらちょうど良いようです…(;^_^A

焦ってようやく人並みに動ける…というのでしょうか。。

塾長としても時間に追われてようやく人並み。父親としても時間に追われてようやく人並み。

良くも悪くも図太い性格をしているようで、時間に追われてストレスが溜まり、精神的に追い込まれる…ということは今までありません。(ということは、「あと〇分もあるのか~」と考えていた頃は、相当時間を無駄にしていたということですね。。)

意外に時間に追われるような意識を持っていた方が、仕事にせよ、家族のことにせよ、前もって取り組むことができるので精神的には余裕があったりするんです。

長々と私の考え方を書いてしまいましたが、決して生徒の皆さんに強要しようなどというつもりはありません。

あくまで「こういう考え方の人もいるのか~」くらいで思ってくれれば幸いですm(__)m

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