カフカ『変身』

 突然ですが皆さん、虫は好きですか?小学生の頃は無謀にもミツバチを素手で捕まえようとしたりしていたのですが、最近はだんだんと虫に対する恐怖感がつのっています。成長するとどういうわけか虫を怖がるようになるので、いま虫が大好きな方々はぜひ今のうちに思う存分触れておくことをお勧めします。ハチに触れることはだけはお勧めできません。

 チェコ出身のドイツ語作家、フランツ・カフカが書いた『変身』という小説は、グレゴール・ザムザという青年がある朝目を覚ますと、なんと虫になっていたという小説です。そのショッキングな内容や、不条理文学としても名高いことからなんとなく聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。村上春樹の小説にも『海辺のカフカ』というものがありますが、そのカフカはこの作者に由来しています。

 初めて『変身』を読んだのは高校生の時でした。高校入学時に購入したカシオの電子辞書には世界の様々な名作が収録されており、退屈な授業のさなか、調べ物をするふりをして様々な作品を読んだのを覚えています。その時は読みにくい作品だなと感じていましたが、最近再読してみるとまた違った印象を覚えました。

 高校生の時に読みにくいと感じたのは、虫になった理由が示されないことが原因だと思われます。理由が小説内で示されないどころか、登場人物は、どうして虫になってしまったのかということをあまり考えずに、降りかかった大きな災いとしてその出来事を受け入れます。グレゴール青年も虫になったにもかかわらず、朝寝坊したことに焦りを覚え、そのまま働きに出ようとします。虫になっているのに仕事のことを心配している場合かとも思いますが、この思考のちぐはぐさが奇妙な雰囲気を小説にもたらしています。

 また、物語が進むにつれて視点がグレゴールから彼の家族へと移り変わっていくところも注目に値する点です。最初はグレゴールのセリフも多く、彼の内面描写も多々なされるのですが、後半になると父親や母親、妹といった人たちにスポットライトが当てられます。虫になってしまったグレゴールよりも、家族が虫になったという悲劇に直面している家族に感情移入するように創られているのです。

 虫になる前、グレゴールは働けなくなった父の代わりに家族の大黒柱の役割を担っていました。しかし彼が変身して働けなくなると、彼以外の家族は一丸となって困難を乗り越えようとし、父も社会復帰を成し遂げます。家族の一員の不幸が家族を全体としていい方向へ向かわせるという、なんとも皮肉な在り様がここで描かれます。物語のラストも悲劇と希望がないまぜになったような雰囲気で結ばれており、不思議な読後感をもよおす作品に仕上がっています。不条理文学の最高峰、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。(大崎)

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