突然ですがみなさん、最後通牒ゲームというゲームをご存じでしょうか。
AとBの二人の人間がいます。まずAのほうに1000円を与え、その1000円のうちいくらかをBに分け与えるように指示します。Aは分ける金額を自由に提案することができますが、Bは納得のいかない金額を提示された場合、その提案を拒否することができます。Bが拒否した場合、AとB、二人とも一円ももらうことはできません。
というのが最後通牒ゲームという、経済学で扱われるゲームの内容です。Aは1000円のうち、どのくらいの金額を相手に与えるか決める権利を持ち、Bはそれを受け入れるか、拒否するかを決める権利を持っています。Bが提案を拒否した場合にはお互いに一円も得られません。例えば、AがBに1円しか与えず、Bがそれを受け取らなかったら、Aの999円もBの1円も没収されます。
さて、このゲームの中で利益を最大にしたい場合、Aはどのように分けるのが合理的でしょうか。またBはどのくらいの金額を受け取って、どれくらいだと拒否するのが合理的でしょうか。
ぴったり半分、500円を二人で分け合うのが良いと考えた方、残念ながらその考えは合理的ではありません。実は、むしろ先ほど挙げた999円と1円の分け方こそがAにとってもBにとっても、経済学的にもっとも合理的だとされます。なぜでしょうか?
このようになるのは、Bには提案を断るメリットがないからです。Bはどんな金額を提示されても(それがたとえ一円ぽっちであっても)拒否さえしなければ利益が得られます。逆に断ってしまえば一円すらもらえず、せっかくのお金をもらえるチャンスをふいにしてしまいます。つまり、Bが利益を得るためには、絶対に拒否をしてはならず、どんな金額の提案でも受け入れなければなりません。
じゃあAはどうするか。Bはどんな提案でも必ず受けてくれるわけですから、可能な限り最大の利益を上げるためには、当然Bには1円だけしか渡さない選択をします。結果、もっとも合理的な分け方は999円と1円となります。
これが最後通牒ゲームの合理的な考え方です。しかし実際に人がこのような分け方をするかといえば、もちろんそんなことはありません。このゲームを実践してみると、Aさんは半分近くの金額を分け与えたり、Bさんは損をすることになっても拒否します。ぜんぜん合理的じゃないですね。
小林 佳世子 著『最後通牒ゲームの謎 進化心理学からみた行動ゲーム理論入門』は最後通牒ゲームを通して、人間が実際にどのように行動するのかを示してくれます。かつての経済学は「人間はどのように行動すべきか」「どのように行動するのかが理想的か」を述べる学問だったのですが、現代の経済学は人間の実際にどのように行動するのかを示す学問になっているそうです。経済学はお金について追及する学問だと思われがちですが、そんなイメージもこの本を読むと変わると思います。なぜ非合理的に思える結果が生まれるのか、人間の合理性とは何なのか、その一端がかかれています。
この本では最後通牒ゲームの違うバージョンとして、独裁者ゲームというものも紹介されています。お金を分け与えるのは同じなのですが、Bには拒否権がなく、Aの提案をそのままのまなければならないという部分が最後通牒ゲームと異なっています。さて、お金をほしいままに分配する独裁者の立場になったとき、どうしますか?
実際にこのゲームをやってもらうと、みんな1000円全部独占してしまうのではと思いきや、意外にお金を分ける選択をする人は多くいて、そのわけ分を平均すると200円~300円になります。この結果のことを脳神経学者の藤井先生は「20%の希望」と呼んでいるそうです。他人のために自分の持ち分の20%を分け与えることができるのなら、これを社会で集めたら何か凄いことができるかも。ひょっとしたらこの希望が、世界をいい方向に動かしていくかもしれませんね。(大崎)