突然ですがみなさん、だれかに告白をしたことはありますか?罪を打ち明けるという意味の告白ではなく、好きな人に想いを伝えるほうの告白です。ドラマや漫画でよくありますね。わたしには縁遠い話ですので、告白という文化はフィクションだと思って生きています。
さて、告白と言えば『こころ』を書いた文豪・夏目漱石の逸話にこんなものがあります。
英語教師をしていた夏目漱石は学生たちに「I love you.」を日本語に訳す課題を与えました。学生が「我、君を愛す」と訳したのを聞いて、夏目漱石はこのように言いました。「日本人はそんなことを言わない。月がきれいですね、とでもしておきなさい」
「I love you.」を「月がきれいですね」と訳す。ロマンチックですね。直接的な言い方をせず、自然風景に目を向けて思いを伝えようとしているところが日本語表現の奥深いところだと思います。このエピソード自体は有名で、告白のフレーズをインターネットで検索すると必ずと言っていいほど上位に「月がきれいですね」が表示されます。たった今のぞいて見たサイトによると、この言葉を使えば相手をきゅんとさせられるそうです。素敵ですね。
ところでこの夏目漱石のエピソードなのですが、実は本当に彼がそう言ったかどうかは定かでありません。現在、このエピソードが確認できるもっとも古い記録は1977年のものですが、夏目漱石が生きていた時代で、彼がこう言ったと示す記録は確認できません。もちろん記録がないからといって夏目漱石が実際に言っていないということにはなりませんが、後世の人の創作である可能性が十二分にあることは頭に留めておくべきでしょう。
ただ、そうだとしても「I love you = 月がきれいですね」というフレーズが広まって受け入れられていることに変わりはありません。むしろ夏目漱石が言ったのかどうか不確かであるからこそ生まれるものもあります。「月がきれいですね」と相手が言ったとして、その相手は夏目漱石の逸話を知っているのか、そのエピソードの出典があいまいなことを把握しているのか、といった条件で意味が大きく変わってしまいます。単に「ああ!お月様が美しい!」という意味で言ったのに対して「わたしも愛してる!」みたいな返事をしたら、変な目で見られること間違いありません。
不確かな距離感の探り合いや、相手の胸の内を推し量るやり取りこそが人間関係の難しいところであり、同時に面白く奥深いところだと思います。機会があったら大切な人に「月がきれいですね」と言ってみたらいかがでしょうか。思いが伝わるかもしれません。
ちなみにこの夏目漱石のエピソードを下敷きにした『月がきれい』というアニメ作品があります。なんと川越が舞台です。興味のある方、ぜひ見てみてはいかがでしょうか。ひょっとしたらお気に入りの場所がアニメになっているかもしれません。(大崎)