突然ですがみなさん、水族館は好きですか。私は好きです。以前、神奈川県の鎌倉に行ったとき、江ノ島水族館に行きました。ものすごく楽しかったです。大きな水槽をイワシやフグなど、たくさんの魚が泳いでいました。エイもいました。ペラペラの、ひし形のからだを一所懸命に動かして泳いでいました。どうしてあのような姿かたちに進化したのか、生きていて不便は感じないのか、見ていて不思議でならなかったです。しかし彼らの裏側を見ていると、なんだか幸せそうな表情をしているので、あれはあれで満足なのだと思います。あのとき実際に私が撮影した、エイの裏側の写真をのせておきます。
聞くところによると、江ノ島水族館は海月が有名だとか。以前行った時も、大小たくさんの海月が水槽の中をふわふわただよっていました。子供の頃に見たディズニー映画の『ファインディング・ニモ』に、主役の魚が大量の海月に襲われるというシーンがあって、それを見て以来どことなく彼らに対して悪いイメージを持っていたのですが、実際に本物を見てみると、なんだか弱そうなやつらばかりでした。たぶん大半の種類は指一本でけちょんけちょんにできます。しかし中にはものすごく強い毒を持っている個体や、不老不死にも匹敵する能力を持った海月なんかもいるそうなので、場合によっては敗北を喫することもあるかもしれません。
ところで「海月」という漢字、読めますか?これは「くらげ」と読みます。当然インターネットや辞書等で調べれば一発で読み方を知ることができますが、調べなくても「海の月」という言葉のイメージや、「ニモに登場する」「なんか弱そう」「毒を持っている」などの情報からどんな生き物なのかを推測することができたのではないでしょうか(なんか弱そう、は完全に私の感想ですが)。
文字というのはある種、記号でしかありません。たとえば「鯆は芸がじょうずな海の生き物だ」という文章があったとき、この「鯆」という字には色んな生物の名前を当てはめられます。鯆、鯆、あるいは鯆かもしれません。先ほどの海月もそうですが、文章を読むときには案外わからない漢字があっても、その周辺に書いてあることからその漢字がどのような意味を持つものなのかをある程度推し量ることができます。
円城塔 著『文字渦』はそんな特性を持つ文字の、文字による、文字のための小説です。この小説内に「俑」という中国の人が登場します。小説内に読み仮名が振っていなかったので、当然読めません。というか調べてもないので、この記事を書いている今も、この漢字をどう読むべきなのかわかりません。しかし、漢字の読み方がわからなくても、物語の内容は追うことができます。例えば「俑」を俑と読んでも、あるいは俑と読んでも物語の筋に差し障りはありません。「俑」という文字はあくまでも記号でしかなく、それがどのような役割を持つものなのかを理解していれば、文章全体を読解することが可能です。
『文字渦』はかなり難解な本です。訳が分からない箇所がいくつも登場します。たとえば、こんな規格外な表現をしたりもします。この本の作者である円城塔は「道化師の蝶」という作品で芥川賞という名誉な賞をもらったのですが、その受賞作もたいへん難解で、選考委員の人もその作品を読んでいる最中に眠ってしまうほどだったそうです。個人的には『文字渦』はそれ以上に難しいです。膨大な情報量に縦横無尽に駆け巡る文字たち。物語の内容を読む、というよりかは文字そのものを読むことが読解につながります。ぜひ、挑戦してみてはいかがでしょうか。(大崎)