いつまでも同じ言葉を言えるように

先日、この春から社会人になる卒業生が訪ねて来てくれました。

そのときに入塾面談の際、私がその子のお母様に話したセリフの話題が出ました。

当時、その子は別の塾に通っていました。

その塾の先生の対応、言動などが「自分に合わない」ということで、山口学習塾に来てくれました。

お母様との面談の際に、当時の私はこのように言ったそうです。

「もしかしたら、私にもそういう部分があるかもしれません。同じようにならないように気をつけたいと思います。」と。

その言葉を聞いたお母様は

「普通は『大丈夫です!うちはそういう塾ではありませんから!』と言ってもよさそうなのに、自分のこととして謙虚に考えられる姿勢が良い。」とお褒めになってくれたようです。

(自分で書いていて恥ずかしいのですが…)

当時の私が言った言葉。

今、同じような状況になったとき、果たして同じことが言えるだろうか…

話を聞かせてもらって「嬉しい」と思うと同時に、不安にもなりました。

当時の山口学習塾は今よりもずっと小さい塾でした。

教室の大きさも今の半分以下。

生徒も3分の1程度。

スタッフの数に至っては約4分の1。

それこそ、ぜんぜん余裕なんかない状態だったと思います。

油断とか、余裕とか、そんな言葉とは程遠い生活をしていたと思います。

その頃と比べると、今は多くの生徒さんやスタッフに囲まれて仕事ができるようになっています。

私自身には家族もでき、当時と比べれば精神的にだいぶ落ち着いた生活をしているような気もします。

それでも毎日のように「もっと良い指導を」「何か課題はないか」とスタッフ達と話を重ね、慢心しないように心がけているつもりではあります。

でも、心の根っこの部分、自分でも意識できない部分では油断がこびりついている可能性もあると思います。

今、同じように入塾面談で、

「前の塾の先生が・・・」と言われたら…

「大丈夫です!うちは全然違いますから!!」

もしかしたら、そうやって即答してしまう自分が今はいるのではないか…

そうだとしたら恐ろしい話です。

当たり前ですが私は神様ではありません。

神様どころか、人間としてもまだまだ未熟な部分が多い人間です。

誰かと比べて「自分は絶対に大丈夫だ!」なんてことを自信満々に言えるわけはないのです。

「もしかしたら、自分も同じようになるかもしれない…」と常に自分自身を疑って、そうならないように努力や工夫をしていかなければいけないはずなのです。

本当ならば、社会に旅立つ卒業生を私が励まさなくてはいけないのですが、逆に私の方が励ましてもらったような気がしました。

謙虚に指導にあたっているか、謙虚に向上心を持ち続けているか、謙虚に自分自身を常に顧みることができているか。

Hさん、本当に有難いお話をいただき感謝しています。

Hさんの春からの活躍を心よりお祈りしています。

私も負けないように精進を続けていきたいと思います。

いつまでも同じ言葉を言えるような人間であり続けたいと思います!

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