「テストで〇〇できたら、△△を買ってあげる」
保護者様の中にはこのような言葉をお子様にかけたことがある方もいらっしゃると思います。
表現が良くないですが、「モノで釣る」と言われてしまう行為かもしれません。
果たしてこれは良いことなのか、悪いことなのか。
試しに
「モノで釣る 子育て」
とネットで調べてみました。
すると、反対意見がわんさか出てきます。
「モノで釣る親がなぜ悪いのか」
「モノで釣る子育てがダメな理由」
などなど…
サイトのタイトルを見ただけで逃げ出したくなる気持ちです。
「逃げ出したくなる」ということは、私自身、「モノで釣る」ことがよくあるから…でありまして。。(;^_^A
たとえば最近の例でいうと、
「学校の宿題以外に勉強プリントをやったら、1枚につきゲームの時間を5分追加」
というモノで釣る、をやってしまっています・・・(
「お手伝いをしたら〇円」みたいなこともやってしまっています・・・
「モノで釣る」ことを反対するサイトをいくつか見てみました。
「モノで釣る子育てをしていると、やがてご褒美をもらえないと何もやれない人間になってしまう。」
「子供の成長を止めてしまう。」
そんなことが書いてあるサイトもあって、自分の行動を反省するわけですが・・・
でも、ちょっと子供の頃の山口少年を思い出してみるのです。
自分自身は「モノで釣られて努力をしたことがなかったかどうか」を。
けっこうあった気がするんですよね…
100点取ったら何かを買ってもらったりとか。
部活の大会で良い結果を取ったら、次の日の練習が休みになるとか。
お手伝いをしたらいくら、なんていうのもあった気がします。
たぶん、思い出せないくらい「モノで釣られて頑張った」経験があるような気がするんですよね。。
じゃあ、だからと言って先ほど見たサイトに書いてあるように「ご褒美がもらえないと何も努力をしたくない人間になったか」というと、そんなことは全然ないと思うのです。
たとえば先日出場した川越マラソンに向かってのトレーニングだってそうです。
けっこう努力しましたけど、それは別に何かご褒美がもらえるからではありません。
「自分自身に勝つため」と言ったらカッコつけている感じになっちゃいますが、達成感を味わいたいから…とか、そういうことが目的だったような気がします。
塾の仕事だってそうです。
もちろん、自分と家族が生きていくため、塾を存続させるため、スタッフ達の生活のため、お金は必要ですが、それだけのために努力している訳ではありません。
生徒さん達の成長を見たり、喜んだ顔を見たり、スタッフ達と仕事の充実感を味わったり、そういうために働いている部分が大きいのです。
「〇〇したら△△をあげる」というのが、ご褒美がないと動けない人間を作ってしまう、というのは個人的には極端な話だと思っています。
最初はご褒美が努力の動機になったとしても、本当に努力をしたのであれば「努力をすること自体の価値」を多くの子が分かってくれるような気がするのです。
こんなことを言うと、
「先生の子たちもそうですか?最初はご褒美で頑張っていたけど、今はご褒美がなくてもちゃんと頑張りますか?」
と、質問を受けてしまいそうで怖いのですが、私の子たちは残念ながらもっと手前で止まっています。
「モノで釣っても、釣られてない」のです。
「学校の宿題以外に勉強プリントをやったら、1枚につきゲームの時間を5分追加」のルールを始めてから、小1の次女も、小3の次女も見事に1枚もプリントをやってないのです!
彼らの言い分はこうです。
「別にゲームの時間を5分伸ばしてもらう必要はないから、勉強プリントもやらない。」
とのこと…
私の結論はこうです。
「モノで釣るのが良いのか悪いのかは分からないけれど、そもそもモノで釣ることもできないケースがある。」
ということで・・・(;^_^A
とにかく。
努力の最初の動機はご褒美でも、本当に頑張った先には「ご褒美を超えた努力の価値」を見出してくれるだろう、と私自身は信じて子どもたちに接して行こうと思っています。
(といって、「なんでもかんでもご褒美をあげる」ということはもちろんありませんが…)