我々学習塾講師の大きな仕事の一つが「教えること」です。
当たり前ですよね、仮にも「先生」と呼ばれる職業な訳ですから…
しかし、「教えること」と同じくらい大事なことに「教えないこと」というのもあるのです。
とくに質問が来たときにそれが問われます。
基本的に質問はどんどん出して頂いた方がありがたいです。
分からないことを流さないでその場で解決していく生徒の方が成績は伸びます。
我々も質問を多くしてくれる生徒の方が「どのくらいできるのか」「どのくらいできないのか」把握しやすいので、その次の勉強の指示なども出しやすいです。
しかし、全ての質問に答えるということではありません。
皆さんの成績アップを考えて、あえて「教えない」ということを選択する場合もあるのです。
それは、「調べれば容易に分かること」の質問です。
または「問題をぜんぜん読んでいない」場合の質問です。
生徒さんたちがたくさん質問をしてくれることは非常に良いことだと思います。
しかし、たくさんの質問の中にはテキストやノートを読めばすぐに書いてあるような内容であったり、明らかに問題文自体を読んでいない状態の質問があります。
こういう質問に我々が丁寧にすべて答えたとします。
おそらくですが、その生徒は「読むのが面倒くさい」「探すのが面倒くさい」「考えるのが面倒くさい」と思った瞬間、われわれに答えを求めに来るようになるでしょう。
これは、「分からない」→「質問する」ではないのです。
「読みたくない、探したくない、考えたくない」→「質問する」なのです。
もし、「楽をするためにとりあえず先生に聞いちゃおう」という癖がついてしまったとします。
そして、読む力、探す力、考える力がつかないまま、受験生になってしまったとします。
恐ろしいことが待っています。
受験生になったら、塾が空いている日は毎日塾で勉強してもらいます。
知識を覚えたり、演習したり、直したり、そういう自分一人で勉強と向き合う時間がほとんどなのです。
「誰かに教えてもらう」という時間は、勉強時間全体の10分の1以下かもしれません。
受験生になれば、10分の9の時間は自分で読んで、調べて、考えないといけないのです。
読めばすぐに分かる、ちょっと調べれば誰でも分かるような問題ですら、誰かの力を借りなければいけないような状態では周りにどんどん差をつけられてしまいます。
だから我々は言うのです。
「質問する前にノート(テキスト)は確認した?」と。「問題文はちゃんと読んだの?どういう問題だった?」と。
質問する前に「ノートやテキストを確認する」こと。
質問する前に「問題文をちゃんと読む」こと。
そのひと手間を自分自身でできるようにならないと、なかなか成績は伸びません。
「読みたくない、探したくない、考えたくない」→「質問する」には我々は厳しくNOを出します。
「読んで探して考えた」→「でも分からない」→「質問する」は大歓迎です。こっちをどんどん我々にぶつけてほしいと思います。