伝説の大泥棒

大泥棒と聞いて連想する人物といえばだれでしょう?私は二人の人物が頭に浮かびます。一人はルパン三世。フィクションの話ですが彼の泥棒劇は非常に面白おかしく見ていて愉快です(こんなことは銭形警部の前では絶対に言えません)。今時の小中学生はもしかしたら知らない人がいるかもしれませんが、彼は非常に有名な泥棒の一人と言えるでしょう。もう一人は石川五右衛門です。こちらもまた有名な泥棒ですね。ルパン三世の作品の中にも石川 五ェ門というキャラクターが出てきますが、ゴエモン違いなのでご注意ください。

今回は後者の石川五右衛門についての記事を書こうと思います。彼は天下の大泥棒として現代までその名を轟かせていますが、その素顔はどのようなものだったのでしょう。

彼の生年や出自は不明ですが、戦国時代末期に生まれたとされています。幼いころから非行を繰り返しており、伊賀の忍者である百地三太夫に引き取られて忍者となりましたが、その後抜け忍(忍者を無断で辞めた)となったという説もあります。彼は都に入ってからも幾度となく悪事を繰り替えしました。しかし、盗みに入る相手は、豪族・豪商など権力者だけであったことからも、庶民の間ではヒーロー的存在となります。当時の天下人は豊臣秀吉でしたが彼の政治はあまり人気がなく、そんな秀吉を悩ませる五右衛門は大人気となります

ある時、五右衛門が秀吉の拠点である大阪城に侵入した時、秀吉の配下である前田玄以(まえだげんい)に捕らえられてしまいます。秀吉の恨みを相当買っていたのか、五右衛門はかなり残忍な方法で処刑されることになりました。その方法とは「釜茹で」です。煮えたぎる油に生きたまま沈められるという考えたくもない手口です。彼の処刑は公開されたため、民衆の間には大きな衝撃が走ったことでしょう。その処刑の様子が語りつがれ、鉄製の風呂釜を下から薪などで焚いてお湯を沸かす「五右衛門風呂」という風呂文化が残っています(今ではめったに見ることはありませんが)。処刑の様子を模したものと考えると何とも不謹慎な文化ですね。

五右衛門の辞世の句(=この世を去ろうとするときに残す短型詩のこと)にこんな歌があります。

石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ

“川浜の砂がたとえ尽きることがあろうとも、この世の中に盗人がいなくなることはない、なぜなら盗人の種が尽きることがないからだ”という意味です。大泥棒であった五右衛門が最期に残した句は人間の内に秘めた貪欲さを指摘するものでした。政治、経済、科学、医学と、どれだけ世の中が変化しても、盗難事件はいつの時代でもなくなることはありません。五右衛門は人間の欲深さが変わることはないことを見通してこの歌を詠んだのでしょう。

 さて、今回は現代までその名が語り継がれている安土桃山時代の大泥棒、“石川五右衛門”についての話をしました。彼の壮絶な人生はドラマがあり、興味深いものでしたね。私は来年の冬に京都に行く予定がありますので、その際は彼に「絶景かな、絶景かな。」と言わしめた南禅寺を訪れてみようかと思います。皆さんも京都に行く機会がありましたら、五右衛門の見た景色に足を運んでみては?

 以上、サポーターの染井でした。