とっても苦~い熊の肝

タイトルからは記事の内容が想像できないことかと思いますが、今回も古典にまつわるお話です。古文や漢文についての記事をよく書くので、飽きている方もいるかもしれませんが、是非最後まで読んでみてくださいm(__)m

さて、熊の肝とは一体何かという話をしましょう。これは、ある故事成語に関わってきます。その故事成語とは『臥薪嘗胆(がしんしょうたん)』です。皆さんはこの言葉を知っていますか?三年生の皆さんは聞いたことがあるでしょう。歴史の分野でもこのワードは出てきますので覚えておくと良いと思います。それでは臥薪嘗胆の由来の話を見てみましょう!

“春秋時代、呉の王であった夫差(ふさ)は、父である先代の王・闔閭(こうりょ)を、越の王・勾践(こうせん)との戦いで亡くしてしまいました。復讐を心に誓う夫差は、硬い薪(たきぎ)の上に毎晩臥して(=寝て)は、父の仇を忘れないようにしたのです。その後、夫差は越に攻め入り、勾践を降伏させることができたものの、勾践は呉に賄賂を渡すことで死ぬことを免れました。

生き延びた勾践は、食事の時に、苦い胆を嘗めて(=なめて)は、夫差への恨みを思い出し、復讐を企みます。やがて国力を回復させた越は、呉を攻め、夫差を自決するまでに追いやり、ふたりの戦いは終わりを迎えました。”

というような、復讐の話が元となっています。この話で出て来た「薪の上に臥す」ことと「胆を嘗める」ことを組み合わせたものが『臥薪嘗胆』です。現代では「目的を達成するために努力する、苦労に耐える」といった前向きな意味で使われることが多い故事成語です。余談ですが、この胆が熊のものであるという説があるので、それをタイトルに引用しました。

冒頭ですこし触れましたが、日本史の中でこの故事成語が登場する場面があります。日清戦争で勝利した日本が得た領地を、ロシア・フランス・ドイツが清に返還するように横槍を入れて来た“三国干渉”と言う出来事。当時軍事力で劣っていた日本は従わざるを得ませんでした。悔しい思いをした日本は『臥薪嘗胆』をスローガンに掲げ、首謀国のロシアへの復讐を誓います。非常に重要な出来事ですので、詳しい話は歴史の分野でしっかりと学んでください!

 さて、今回は“復讐”がもととなった故事成語『臥薪嘗胆』について記事を書かせていただきました。いかがでしたか?こうしてみると、由来となった話からは少し色味の変わった故事成語もあることに気づかされますね。

以上、サポーターの染井でした。