飛び地の話

大東中、福原中の二学期中間テストが迫っています。

今回のテスト勉強から『テスト対策学習進度チェックシート』というものを配布し、生徒の皆さんの学習進度の目安にしてもらっています。

皆さんの机の上を見ると、このチェックシートをしっかり使って勉強してくれている人が多いな、という印象です。

多くの生徒さんのチェックシートの□の部分には、チェックマークが入っているのが確認できます。

若干名、そのチェックマークが少ない生徒さんもいるようなので、何とか残り数日でチェックマークを増やしていってくれることを願うばかりです。


さて話は変わりまして、このテスト対策期間中に中3生のある男子から質問を受けました。

「西ベルリンと東ベルリンは西ドイツと東ドイツにあったんじゃないんですか?」と。

第二次世界大戦後の歴史の話なので、小学生や中1、中2生にはなかなか難しい話になってしまいますが、実はドイツは1990年まで西ドイツと東ドイツに分かれていました。

それに伴い、首都であるベルリンも西ベルリン、東ベルリンに分かれていたんですね。

アメリカとソ連(今のロシア)の2か国の対立の影響を受け、西ドイツ・西ベルリンがアメリカ側、東ドイツ・東ベルリンがソ連側と分れていたのです。

西ベルリンと東ベルリンを隔てる「ベルリンの壁」はとても有名です。

が、ここで間違ったイメージを持ってしまう人が多数います。

こんなイメージを持ってしまう人が多いようです。

ちなみにこのような壁を作ったら万里の長城よりも長くなってしまうとか??

実際のベルリンの壁はこうでした。

西ベルリンをぐるっと一周、囲っていたんですね。

つまり西ベルリンは、周りを東ドイツに囲まれた西ドイツの「飛び地」だったのです。

さて、いきなり出て来た「飛び地」という言葉。

小中学生の皆さんはあまり聞き覚えがない言葉かもしれません。

飛び地とは、本体の国や町などから飛び離れて存在している地域のことです。

実は飛び地はかつての西ベルリンだけでなく、世界中にたくさんあります。

何を隠そうこの埼玉県にも飛び地は存在しています。

埼玉県新座市になんと東京があるのです。

東京都練馬区西大泉町という地域が埼玉県新座市にあるのです。

このような感じで。

縦30m×横60mほどの西大泉町が埼玉県新座市にポツンと存在します。

面積はサッカーコートの半分ほど。

本体の練馬区までは約100mほど離れているそうです。

ちなみにこの飛び地の西大泉町で出たゴミは都内のゴミ収集車が回収するそうです。

西大泉町の子どもは東京の小中学校に通うそうです、埼玉県新座市を通り抜けて…

不便ですよね。。

これはもう、普通に考えたら西大泉町は新座市に編入された方がいいですよね?

実際に新座市への編入の話は出ていたそうですが、西大泉町の人たちの同意がなくそのままだそうです。

「なぜ西大泉町が東京なのか、その理由は定かではないらしい…」というのも謎めいていて面白い気がします。

ベルリンの話からだいぶ離れたところまで飛んでしまいました。(飛び地だけに。)