舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる。』

 突然ですが皆さん、恋愛シミュレーションゲームをやったことはありますか?わたしはあります。ブックオフにソフトを買いに行き、店を出るときになぜか警報機が作動して、店員の方に買った商品を見せたときのいたたまれなさを、今でも覚えています。

 プレイしたことがある人ならご理解いただけるかもしれませんが、恋愛シミュレーションゲームはたいてい、主人公と好きな人が結ばれることでゲームクリアとなります。そして感動的なエンディングテーマが流れ、エピローグで主人公とパートナーのその後が軽く描写されて、ゲームは終わります。

 しかしこれはやはり、非現実的です。ゲームで描かれるのは主人公とパートナーが付き合うまでで、二人はそれ以前にもそれぞれの人生を歩んできていて、付き合ったあとにもお互いの生活や関係性は続いていきます。そう考えると恋愛ゲームが描いているのはごくごくわずかな限定された期間で、逆に言うならば、作中内で触れられていない時間は恋愛とはおよそ関係のない時間だということになります。

 恋愛シミュレーションゲームにはクリアがありますが、現実の恋愛には当然、クリアなんてありません。先述した通り、付き合ったあとにも関係は続いていきます。別れることはゲームでいうバッドエンドでしょうか。しいてあげるなら結婚がクリアに近いかもしれませんが、言うまでもなく結婚だって長い目で見れば人生の通過点でしかありません。

「満つれば欠ける」という言葉があり、満月になれば次第に欠けていく月と同じように、結ばれればいずれ破局を迎えることもあります。恋愛シミュレーションゲームは付き合う過程という「終わることのない期間」だけを楽しみたいという欲望の表れなのかもしれません。

 舞城王太郎という作家の作品に『好き好き大好き超愛してる。』という作品があります。いろいろな恋愛模様を描いた作品なのですが、そのどれもがたいてい報われないというか、救われない感じで物語が進んでいきます。恋愛に救いとか報いとかを求めるのはそもそも間違っているのかもしれませんが、しかし間違いながらも祈り続けるというのがこの作品の提示する一つの愛の形です。

 比べることでもないかもしれませんが、この作品の恋愛はゲームと違ってちゃんと終わります。しかも時には悲惨な形で。ただ、そんな結果によって愛情が損なわれることはなく、“ほんの一瞬でも気持ちが通じあったかどうか”。恋愛とはそういうもの、だそうです。

 芥川賞候補にもなった、恋愛の極点を描いた作品です。是非お手に取ってみてはいかがでしょうか。(大崎)