謎を解くことに正義はあるか

 突然ですが皆さん、なにげない日常を生きてきて、何かを疑問に思ったことや不思議に感じたことはありますか。情報化社会が進む昨今、大半の不思議はインターネットが解決してくれますが、検索するだけでは解決できない謎も多々あります。「なぜ、あの人はこんなことをしたのだろう」「この行動はいったい何を意味するのだろう」といった些細な謎は身の回りに溢れていますが、そのほとんどは人の目に入らず見過ごされてしまいます。たとえそのような謎に興味をひかれたとしても、明確な解答が得られるとは限りません。さらに悪い事に、答えが得られたとしても、必ずしもそれが良いことであるとも限りませんし、知らなかったほうがいいこともきっとあります。

 以前の紹介コーナーで「日常の謎」という単語についてお話したのを覚えていらっしゃるでしょうか。殺人事件みたいな大がかりな事件を扱うのではなく、もっと現実的なスケールの謎を扱うミステリーのジャンルのことです。例えば物が無くなったり、人が不可解な行動を取ったり、といった謎があったとして、それに対して、「どうしてそんなことになったのか、そこにはどんな目的があったのか」ということを追求するのが「日常の謎」で描かれる謎解きです。

 イメージしやすいよう、例を挙げましょう。あらかじめ記しておきますが、特定の人物とはまったく関係がありません。誰かを攻撃する意図も決してございません。

『ある一人の男性がいました。彼はいつも小指に指輪をつけていました。銀色のきれいな指輪です。ある時、彼は指輪を着けるのをやめてしまいました。失くしてしまったわけでもないのに、なぜか。』

 想定している解は「指輪は彼女からの贈り物で、その彼女と別れたことで指輪を着けることをやめてしまった」です。他にも「太って着けられなくなった」「金属アレルギーを発症してしまった」などといった答えでも辻褄を合わせることができます。

「日常の謎」について、少しはイメージがつきましたでしょうか。しかし、この「日常の謎」というジャンルには大きな問題があります。

 一般的のミステリーでは、人殺しのような凶悪犯罪が描かれます。殺人を犯すような人を野放しにしておくわけにはいかないから、探偵や警察は必死になって、事件の真相を突き止めようとします。

 一方、「日常の謎」では凶悪な事件は扱われません。些細な謎が描かれるだけです。その小さな謎をどうして解く必要があるのか?誰かがわざわざ隠しているものを暴き立てることに正当性はあるのか?これが「日常の謎」の問題点です。

 例えば、先ほどの指輪の男に対して、こう言ったとしましょう。

「あ!!昨日は着けていたのに、今日は指輪してない!!ってことは、ひょっとして彼女さんと別れちったんですかぁ?」

 多少言い方に悪意がありますが、どうでしょうか。こんなことを言われたら、泣いちゃいますよね。別れて少ししか経っていないのであれば、相手を深く傷つけてしまうかもしれません。殺人事件の場合、謎を解くことに正当性があるのですが、このような謎(謎と呼べるほど複雑でも不思議でもないんですが)の場合には、その裏にある事情を暴いても、そこには正当性などみじんも存在しません。解いた人間は多少の満足感が得られるかもしれませんけど。

「日常の謎」にはこのような危うさがあります。せっかく人が隠しているものを暴いて、それで何が得られるのか。そこに正義はあるのか。たとえ謎を解いたとしても、その裏にある事情は何ら解決できていません。殺人事件の犯人を見つけられても、殺された人が戻ってこないように。指輪の男が彼女と別れたことを見透かしても、別れた彼女が戻ってくるわけじゃありませんよね。謎を解くことが、必ずしもいいこととは限らないのです。

 米澤穂信『本と鍵の季節』には、秘密を無理に暴かないほうが良かったかもしれないと思われる場面がいくつも出てきます。解決を見つけたとしても、主人公のような高校生ではどうしようもない現実が立ちふさがってくることもあります。それでも、少しでも良くあろうと苦しみ、もがき、あがく人間の姿を描いているところが、この作品を名作たらしめている点だと思います。ぜひ、お手に取ってみてはいかがでしょうか。

あとがき

 高校生の頃、ちょっとだけ不思議な体験をしたことがあります。ある時、同じ高校に通うある友人から「お前のLINEが欲しい子がいるんだけど、あげてもいい?」という旨の連絡が、唐突に送られてきました。聞くところによると、相手はどうやら女の子のようです。わたしは二つ返事で快諾し、その友だちにQRコードを送ったのですが、どれだけ時間が経っても、一向に友達追加のメッセージは来ませんでした。当然、今も来ていません。

あれはいったい何だったのでしょうか。推測はいくらでもできて、無数の解決、というより無数の解釈も立てられるのですが、「ひょっとしてこういう理由があったんじゃないかな」という予想のようなものがある方、ぜひわたしに教えてください。そしてどうか、五年にも及ぶわたしの青春の謎に決着をつけてください。よろしくお願いします。(大崎)