勉強はやっぱり分かった方がいい

新年度の問い合わせが増えてきました。

毎年思いますが、こんな小さな塾に興味を持っていただき、また、こんなに勉強しなければいけない塾に、勇気をもって一歩足を踏み出していただき、有難く思います。


今日は勉強をする意味について少し書いてみたいと思います。

そう言いながら、始めからとんでもないことを言ってしまいますが、私も勉強をする意味は分かりません。

正確には「私にとっての勉強をする意味しか分からない」ということです。

幸い私は小学校、中学校、そして高校で学んだ勉強が仕事となって人生を切り開く結果になりました。

(まだまだ今後はどうなるか分かりませんが…)

ですので、私にとっての勉強の意味はまさに仕事や生活に直接的に結びついたわけです。

ただそれだけで「勉強をしておいた方が人生の選択肢が広がる」などと大それたことを言うつもりはありません。

これは、あくまで私個人の経験でしかないからです。

また、「勉強をすることで人間力がつく」のようなことを言うつもりもありません。

そんな大それたことを言えるほど、自分自身がまだまだ立派な人間になることができていないからです。

こんなことを言ってしまうと元も子もないですが、結局、勉強をする意味というのは、人それぞれ違って勉強をやり続けないとなかなか分からないものだと思うのです。

私には私にとっての勉強の意味があるように、皆さんにとっては皆さんの意味があるのだと。


プライベートな話になって恐縮ですが、以前にも書いたように私の長女は現在小学1年生です。

毎朝の口癖のように「学校つまらない。学校最悪。学校行きたくない。」と言うような子どもです。

ただ、そんな彼女も学校の授業の内容は分かっているようです。

「勉強が分からなくてつまらない」とは一度も聞いたことがありません。

テストの様子を見ていると、たしかにそれなりにできているようです。

(まだ、小学1年生なので今後どうなるかは全く分かりませんが…)

おそらく彼女が「学校がつまらない」と言うのは、あまり友達いないからだと思うのです。

誰に似たのか、頑固でひねくれた部分があるので「確かに友達はあまりできなそうだな…」と父親ながら思います。

「これでもし、この子が勉強もできなかったらどうなっただろうか…」と考えます。

友だちもいない、勉強も分からない。

学校は8時半~14時、15時まで平日毎日あります。

狭山市は第二土曜日も学校があります。

彼女の今の生活の中で多くの部分を占めているのが学校生活です。

遊ぶ相手がいなくてつまらない、そして勉強も分からなくて授業中もつまらない。

そんな状況だったとしたら、なかなか大変だったろうな…と。

私の長女に限らず、皆さんも多くの時間を学校で過ごしていますよね。

そして、多くの時間が授業時間です。

それを「あぁ、また今日もどうせ分からない…」と過ごすのか。

それとも、「まあ、授業は分かるんだよね。」と過ごすのか。

気持ちの部分で大きな差が出るような気がします。

こんなことを塾の講師が言うのが適切かどうか分かりませんが、「勉強が分かるのと分からないの、どっちの方が毎日を明るく過ごせるだろうか」という部分には結構大きく影響してくると思います。

小学生、中学生にとって毎日を少しでも前向きに、明るく、楽しく過ごすためにも、やっぱり勉強は分かった方がいいのではないか、と思う部分があります。

塾講師としては、本当はこういう話をするときは

「勉強は将来の選択肢を増やすため」とか

「勉強は思考力を鍛え、生きる力を養うため」とか

そういうちゃんとしたことを言うべきなのかもしれません。

もちろん、勉強にはそういった意味もあると思います。

ただ、私自身、まだまだそんな大それたことを言えるほど立派な人間になることができていないので、「勉強が分かった方が学校生活が前向きに過ごせるよね。」くらいで勘弁していただければ…と思っています。

そして、前向きに学校生活を一生懸命送った結果、皆さんそれぞれが自分自身の勉強の意味をつかんでもらえれば…と願っています。