「頑張る」とは”誰よりも”努力すること

先日、私の受験生活のことを記事に書きました。

「私の受験勉強は中2の冬から始まった」と書きましたが、当然、すべてがうまく行ったわけではありません。

とくに最初。

最初は成績はなかなか伸びませんでした。

「これだけの勉強をやったのに…」

そう思ったこともあります。

中3の1学期中間テストは思うような結果が出ませんでした。

北辰テストも中3の第1回目はショックを通り越すくらいの悪い結果でした。

努力はしていたはずなんです。

朝練をサボり、学校の休み時間も給食の時間も、ときには家での夕食までも犠牲にしていたのですから。

それでも結果が出ない。

そういう時期がありました。

私は塾に行っていませんでしたので、周りの人たちがどのくらい勉強しているのかほとんど分かりませんでした。

性格がひねくれており友達も少なく、入ってくる情報が著しく少ない…というのもありましたが。

家で自分の部屋で一人こもって勉強していると、「このまま自分の成績は一生伸びないのではないか…」という不安に押しつぶされることもありました。

でも、そんな不安で手を止めていては余計成績は伸びません。

こう思うしかありませんでした。

「良い成績を取っている人たちはもっと勉強している。自分よりも良い成績の人たちは自分よりも努力しているだけ。自分がウダウダ悩んでいる間、その人たちは一歩も二歩も前に行ってしまう。まず、『その人たちよりも俺の方が勉強した』と自信を持って言えるまでは余計なことは考えずに勉強するしかない。」と。

それなりに納得できる結果が出始めたのは、3年生の一学期期末テストからだったと思います。

受験勉強を開始してから半年後くらいでした。


塾のC教室にこういう言葉を掲げています。

『努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。』

野球の王貞治さんの言葉です。

厳しい言葉です。

もしかしたら、「自分は頑張ってるのに…」と思っている人には辛い言葉にも聞こえるかもしれません。

また、マラソンの元日本記録保持者の藤田敦史さんは日本記録を樹立したときにこういう言葉を残しています。

『神様は確かに存在する。そして神様は奇跡を起こしてくれる。しかし、神様は死ぬほど努力をしたものにしか力を貸してくれない。』

頑張るとは、努力とは、”自分自身の基準で計るものではない”のかもしれません。

結果が出るからこそ努力したと言える、誰からも認められるからこそ頑張ったと言える、そういうものなのかもしれません。

マラソン界の話が続いてしまいますが、ロサンゼルスオリンピック代表の瀬古さんは雨の日に練習を渋っていると中村先生にこう言われたそうです。

「東京は雨でも宗兄弟(瀬古さんのライバル)の宮崎は晴れてるぞ。宗兄弟は40キロ走やってるかもしれないから(練習に)行くぞ。」と。


「頑張る」「努力する」

どうしても自分一人の基準で考えてしまうことが多いです。

でも、「頑張る」「努力する」というのは、”過去の自分と比べて”ではなく、”周りの人と比べてどうなのか”ということなのかもしれません。

たとえば昨日、17時頃に塾に来て22時まで勉強をしていった受験生がいます。

たとえば昨日、ほとんどの人が4,5枚のプリントを終わらせる中、その約2倍の9枚のプリントを一心不乱に終わらせた受験生がいます。

たとえば期末テストが終わったその次の日、スケジュールでは休みなのに塾に来て勉強していった受験生がいます。

たとえばこの前の土日、やはりスケジュールは休みなのに塾に来て勉強していった受験生がいます。

もし、今、「こんなに頑張っているのに…」と不安に押しつぶされそうな受験生がいたとしたら、こういう人達を想像してみてください。

こういう人達と比べて「それでも絶対に自分の方が努力している」と胸を張って言えるくらい、まずは最低でも一か月間、勉強してみてほしいと思います。