近内悠太『世界は贈与でできている』

 先日、クレアモールにある献血ルームで、生まれて初めて献血を受けてきました。献血について事前情報を一切いれずに向かったので、二回も針を刺されることや400㎖もの血液を抜かれることに恐怖を覚えたりしましたが、泣いたり悲鳴をあげたりせずになんとかやり遂げることができました。注射は大嫌いですが、自分の血液型を知ることができましたし血液の検査もやってもらえるので、人助けの一環としてこれからも定期的に献血しようと思います。

 最近、若者の間でボランティアブームが起こっているそうなのですが、その一方で若者の献血離れも進んでいるのだとか。両方とも同じ人助けですが、なぜこのような差が生まれるのでしょうか。

その理由について『世界は贈与でできている』という本の中で、著者の近内悠太さんは “献血はコストパフォーマンスが悪いから”とまとめています。ボランティアは参加することによって困っている人と関わることができ、人の喜ぶ顔を見てお礼を言われることもある一方で、献血ではそのような直接的な反応は得られません。このことが若者の献血離れを引き起こしているというのです。

 この本の中で、著者は“お金で買うことのできないものおよびその移動”を「贈与」と呼びます。例えばプレゼント。何か商品を自分で買った場合、それは誰でもお金を支払えば手に入れられる「モノ」にすぎません。しかし「贈り物」として渡された場合、それは単なる交換可能なモノではなく、唯一無二のものとして感じられるようになります。その贈り物の唯一性はお金では買えません。

 個人的な話なのですが、高校生の時の私は進んで誕生日プレゼントを他人に渡さないようにしていました。他人にプレゼントを渡すことによって、暗に自分の誕生日のプレゼントを要求しているように思われることが嫌だったからです。しかしそれでもプレゼントをくれるような優しい友人がいまして、プレゼントを渡してないのにもらってしまうという現象が起こったときには罪悪感を覚えました。プレゼントの交換ではなく「贈与」がここで生じたのです。

 献血についても、感謝という見返りを求めるのは、贈与ではなく交換だと著者は述べます。血の受け取り手は目の前にはいませんが、それによって助かる人は確実にいます。しかし受取人がいるということを想像できなければ、無駄な行いだと感じてしまうかもしれない。贈与とは想像力についての問題であり、不安定な宛先に届くことを願う、祈りのような側面を持ったものなのです。

 近内悠太『世界は贈与でできている』はお金では買うことのできない贈与について書いた本で、人間関係、家族、経済、様々なものに新しい価値観を投げかけます。ぜひお手に取ってみてはいかがでしょうか。(大崎)