五分前に創られた世界

 突然ですが皆さん、世界五分前仮説というのをご存知ですか。

 この仮説はイギリスのバートランド・ラッセルという学者が提唱したものです。ラッセルは幅広い分野で活躍した学者で、数学や哲学、政治学や教育学といった分野にもその功績が残されています。1950年にはノーベル文学賞も受賞したそうです。

 そんなラッセルが生み出した世界五分前仮説というのは、文字通り、「世界は五分前に始まったのかもしれない」という仮説です。めちゃくちゃ突飛な仮説ですね。いま、近くに時計はあるでしょうか。あるならちょっと確認してみてください。この仮説が正しいのであれば、世界はその時間の五分前に創造されたということになります。

 この仮説に対するよくある反論が「自分には五分より前の記憶がある。だから仮説は間違っている」というもの。

 例えば、私には今日の朝、バターがたっぷりと付いたトーストをカーペットのうえに落として、派手に汚してしまったという記憶があります。この記憶は五分前仮説に対する有効な反論になりえるでしょうか。

 結論を言えば、記憶はこの仮説に対する反論にはなりません。というのも、その記憶自体も五分前に作られたかもしれないからです。カーペットに残るシミも、トーストを落としたという記憶も五分前に作られた可能性がある。ですから、旅行中に財布を落としたとか、大学に向かっている途中、工事現場の人に水をぶっかけられたとか、四年間付き合っていた彼女にある日突然別れを告げられただとか、そういったとってもつらい記憶が仮に私の中にあったとしても、全ては五分前に植え付けられた記憶であり、本当はそんな出来事はなかったという可能性があるわけです。

 同様に「この文書を読み始めてからもうすでに五分がたったから、仮説は成り立たない」という反論も成り立ちません。文章を読み進めている途中で世界が作られた可能性もあるからです。恐るべし世界五分前仮説。まともに反論するのはなかなか難しそうです。

 野矢茂樹 著『哲学の謎』は、そういった哲学的な謎を対話形式で思索していく本です。「世界五分前仮説」のほかにも、いろいろな謎が取り上げられて議論されます。例えば「人類がいなくなっても夕日は赤いのか」とか「わたしとあなたが見ている色は本当に同じなのか」などといったテーマが語られます。当然だと思っていたことも疑っていくところが哲学という分野の面白さです。扱うテーマも身近にあるものが多いので、読書や哲学などに敷居の高さを感じている方も、ぜひお手に取ってみてはいかがでしょうか。(大崎)