「夢ならばどれほどよかったでしょう。」梶井基次郎『檸檬』

私はいろいろなことがあるたびにこのフレーズを思い浮かべます。朝寝坊したとき、テストの点数が悪かったとき、電車に乗り遅れたとき、忘れた物を取りに帰ったら確実に遅刻するとき、などなど。

ご存じの通り上のフレーズは米津玄師が書いた「Lemon」という素晴らしい曲のワンフレーズです。今回は「Lemon」について……ではなく「檸檬」について書きたいと思います。そう、文豪・梶井基次郎が著したあの「檸檬」です。

「檸檬」には感覚的な表現がたくさん使われています。「借金」も、ただそう書くだけでなく「背を焼くような借金」。おはじきなどのガラス製品に対しても「詩美といったような味覚」という感覚表現が成されています。「Lemon」には「胸に残り離れない苦いレモンの匂い」という表現が出てきますが、「檸檬」にも香りの描写がでてきます。現代の表象と比べてみるのも、昔の作品に触れる楽しみの一つです。

さて、「檸檬」というお話は主人公が京都の町を練り歩き、八百屋でレモンを買って、それで暗い空気を吹っ飛ばすというものです。実に簡単な筋書きで、手元の文庫本を見るとわずか7ページしかありません。それでもこの「檸檬」という小説には何か沈鬱した空気を吹き飛ばす、軽快で爽快な趣があります。今でも、小説の舞台となった京都の丸善という本屋では、積み重ねられた本の上に全てを吹き飛ばすレモンの爆弾が燦然とした様子で鎮座しているとかいないとか……

完全に余談ですが、梶井基次郎が亡くなった日は3月24日で、その日は「檸檬忌」と呼ばれています。文豪や俳人の命日は季語として扱われることも多く、芥川が亡くなった日は「餓鬼忌」、太宰の場合は「桜桃忌」と言います。なんだか綺麗ですよね。ご拝読、ありがとうございました。                  (サポーター大崎)