個人的な話になりますが、小江戸川越マラソンに向けてのトレーニングも終盤に差し掛かっています。

先週の土曜日のトレーニングコースは、安比奈親水公園を通過するコースでした。

土曜日の午前中、野球チーム、サッカーチーム、ゲートボールの団体、たくさんの人たちで公園はにぎわっていました。

私が公園をちょうど走っているとき、向こうから野球少年たちが次々にこちらに向かって走ってくるのが見えました。

集団で走っているわけではなく、各自バラバラで走っているところを見ると、体力づくりの走り込みなのかもしれません。

小学生らしい躍動感のある走りをした先頭の少年とすれ違う瞬間、彼の息遣いが聞こえます。表情が見えます。

もの凄く苦しそうな顔で、必死の呼吸で走っているんです。

その後続く少年たちも皆必死で彼を追いかけています。

そして最後の少年、やや前方の下を見ながら元気なく走るその息遣い、ほとんど聞こえません。

先頭を走る少年に対して勘違いしている人もいるかもしれません。

「あいつはどうせ速いから、楽勝で走ってるんだろうなぁ~、いいなぁ~」と。

そんなことはないのです。

先頭の少年こそ、もっとも苦しい顔で、もっとも苦しい息遣いで走っている。

そして、二番目の少年がその次に苦しんでいる。

後ろに行けば行くほど、楽をしている少年が多いような気が私にはしました。

これでは差がどんどんついてしまう。

一番先頭は先頭なのに一番頑張っている。

一番後ろは最後方なのに一番手を抜いている。

いつまで経っても追いつけないのは当たり前だと。

先頭の苦しみは誰にも分からないんですよね。

彼は先頭だから、彼の表情は誰にも見えない。

彼の躍動感のある後ろ姿からは、彼のあの今にも泣きだしそうな必死な表情は想像できないのかもしれません。

彼に勝つには二番目以降の少年たちは想像しないといけないんでしょう。彼がどれほど自分自身を追い込んでいるのかを。

それが想像できないようでは、先頭を走る彼に追いつくことはいつまで経ってもできないと。

自分のマラソンや皆さんの勉強にも通じるところがあるかもしれませんね。